スラィリーの部屋(広島東洋カープ)

スラィリー
 12球団で最も謎が多いミステリアスなマスコット。
 特に関東の野球ファンにとっては一番ナゾのマスコットとして興味を持たれているようである。確かに外見では一体何なのかさっぱり分からないし(実態もナゾ)初めて見た人は色かたちから中日のマスコットと思うかもしれない。実際ドアラよりかはよっぽど中日っぽい。
 初期のスラィリーは外国人の大道芸人の人が入っていたらしい。そのためパフォーマンスも結構過激で、試合前に相手チームのベンチに入ってワルさのやり放題。外人選手と異種格闘技を繰り広げることもあった。その大道芸人の人は一説によると東京ディズニーランドに引き抜かれたという説もあるが詳細は不明。中の人が交代してしまったせいで今ではスラィリーも過激さを潜めてしまい、すっかり普通のマスコットになってしまった。2003年にトラッキーのアクションが過激だからと言って中の人が解任され、ひと騒動起こしたことがあるが、初期のスラィリーはそんなの比較にならないほど過激だった。阪神球団のトラッキー過激発言は、スラィリーを知る者としては戯言にしか聞こえない(笑)
 また、スラィリー唯一の欠点は子供にあまりウケない姿カタチという点である。実際、寄っていくと怖がって泣き出す子供もいる。一般的に子供はムックよりもガチャピンが好きであり、つまるところ毛むくじゃらは子供にウケないのである。
 アクションは極めて多く、一番多いパターンはエンジン付きのボードでグランド縁を走り回るパターン。その他自転車、ギターボーカル、メガホンキャッチ、外野フェンスよじ登り、メガホンダンス、トンボかけ、サイン、尻相撲、頭を抱えるトホホポーズ、けん玉、ゼグウエィ、エアバズーカ打ちなどいくらでも出てくる。また、例は少ないがバック転をしたという目撃談もある。
 なお、当初は鼻とおぼしきところからピロピロが出るのを売りにしていたが、その後は鼻の穴が小さくなったことからか、それとも子供に怖がられるためか、ピロピロを出す頻度が以前より激減していたが、最近はまた復活するようになってきた。
 しかし、
このままではそのうち本当に普通のマスコットになってしまうので、ぜひとも以前のような破天荒なスラィリーの復活を期待したい。
        
屈指の名作!「スラィリーのたからもの」
市民球場では試合前に「それ行けカープ」が流れますが、
2001年はそれに併せて「スラィリーの宝物」というアニメーションが流れました。
これは屈指の名作です!ぜひ復活を!

ここをクリック
ただしメチャ重いッス
 
スラィリーデーター
身長 210cm 体重 100kg ウエスト 230cm
足サイズ 45cm たてがみ 70cm しっぽの長さ 30cm
性別 不明 国籍 不明 年齢 不明
登場 平成7年夏
         



ハッピースラィリー
 2002年度から登場したピンク色のスラィリー。ただし、青色のスラィリーと別人というわけではなく、青色のスラィリーの一時的突然変異型という位置づけらしい。
 その名のとおり、基本的に「ハッピー」な時にしか出てこず、だいたいビックイニングの後に登場する事が多いようだが、登場基準はいまひとつ明らかではなく、毎試合必ず出てくるわけではない。完全な負け試合ではまず出てこないと考えるべき。
 予告なしに突然現れて外野縁をカートみたいなものに乗ってさっさと一周するので、その姿を完全にカメラに収めるのは結構至難のワザ。なるほど、見ることができたら確かに「ハッピー」かも。(笑)
 一応2003年度以降もいることはいるが、2002年度と比べると登場頻度は激減した。ブラックホッシーみたいにイレギュラーなマスコットを狙ってるのなら、もう少し登場頻度を増やしたうえ、ブラックホッシーのように強烈な印象を与えることが大切であろう。


カープ坊や(現在) カープ坊や(1975年当時))
 カープ坊やは、かつては多くの球団にいた子供ペットマークマスコットの唯一の生き残りで、1975年6月に登場した。1975年はカープにとって初優勝した年というだけではなく、チームカラーが赤になりカープ坊やが登場するなど色々な面でも大きな転換期だった。作成にあたってはデザイナーによるコンペが行われ、広島市のデザイナー岡崎福雄さんの作品であるカープ坊やが選ばれた。
 その後球団マスコットの着ぐるみが増えて行く中、さすがに坊やの着ぐるみを作るわけにはいかなかったのか、1995年にスラィリーが誕生したのだと思うが、今でも球団ペットマークとイラスト上ではスラィリーと共にカープのマスコットとして君臨している。カープ坊やは顔こそは変わってないがユニフォームは新しくなるたびちゃんと変わっている。

写真はマスコット写真館へ!

戻る